フジサンケイリビング総武・常磐編集室編集の昭和50年(1975)11月発行<京葉散歩>千葉市編を本棚から発見し、このコースを歩いてみようと1月から歩き始め、16日間で完歩しました。
当時の人口は約50万、ちょうどいろいろなニュータウンが造成され始めた頃です。
現在は100万になろうかとしていて、当時の倍になりました。便の良い空地と言うところは住宅で埋まってしまいました。
本に書かれている道路も変わり、バス便も全く変わってしまったところも多々ありました。
千葉市中心部から稲毛区に掛けては陸軍の大きな地域だったのだなと新めて知ることが出来ました。
幕張地区は千葉氏一族の支配するところだったこと、花見川区から若葉区に掛けては御成街道が通り、江戸期の歴史が残っていました。
土気地区は土気城跡や大椎城跡など千葉市の歴史が詰まっていました。
全行程16日、万歩計の距離234km、楽しく歩くことが出来ました。
陸軍が置かれていたこともあり、2回の大空襲で中心部は焼け野原となりました。
川崎製鉄千葉製鉄所が開かれ、消費の町から生産の町へと変貌しました。
川鉄公害訴訟などもありましたが、空も海も川も綺麗になり、鉄道や道路も整備され、まだまだ文化レベルは低い千葉市ですが、箱物行政から住民へ優しい町へと変わりつつあります。
残念ながら埋立で出来た美浜区は巡っていません。
ビデオ再生リスト※現在14日目までです。