• 会員送付の写真3点

    会員の古川様(25E)から写真が送られて来ましたので、ご紹介いたします。
    雪の自宅でしょうか?

    千葉市動物公園のハシビロコウですね。
    動かない鳥として有名ですが、結構動きます。
    千葉市在住の65才以上は無料です。中学生以下も無料ですので、お孫さんの手を引いて訪れてみては如何でしょう?
    ちなみに駐車場は700円取られます。

    これと似た様なアフリカハゲコウと言う鳥が動物公園から逃げだし、大騒ぎになったことがあります。
    2009年4月のことで、10年一昔の話になりました。
    http://www.asahi.com/eco/TKY200904050160.html

    いよいよ明日は新元号発表の日です。皆さん、平成はどんな年だったのでしょう。
    南総を除き、各支部が結成されたのが平成ですね。


  • 春の本部ハイキング下見

    4月6日(土)に予定されているJR平井駅から小松川千本桜ハイキングの下見に行って来ました。
    小松川千本桜はオオシマザクラは満開の状況でしたが、ソメイヨシノは2~3分と言うところでしょうか?
    船堀橋を渡り、新川千本桜へ巡り、こちらはまだまだしっかりとした蕾の状況でした。
    JR平井駅から都営新宿線船堀駅まで約90分、船堀駅から東西線西葛西まで約60分のコースです。
    当日、所用があり参加出来ないと言う北総支部のお二人と世話人代表と世話人一名の4名で歩きました。


  • 堂々、開花宣言します。

    靖国神社の標準木が咲いた咲いたと報道されています。
    こちらは気象庁職員も報道陣も来ませんが、堂々と咲いていました。
    場所はさつきヶ丘団地と花見川の間にある神場公園と言うところです。

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  • 歴史散歩のきっかけ

    歴史散歩のきっかけとなった根本は千葉市支部の石井進大先輩(24E)のお話でした。
    夏の地区暑気払いや冬の忘年会で検見川校舎当時の貴重な思い出話を伺うことが出来、知らないことがたくさんあるなぁと思った次第です。
    支部会報にも、その貴重な体験談を書いていただき、当時の苦労などを知ることが出来ました。
    管理人は小学校4年生のとき千葉市へ越して来ました。
    若い頃は歴史など全く興味はなく、歳を重ねる毎に日本の歴史などに興味を持つようになりました。
    このサイトを管理していて、たくさんの母校資料を得ることが出来、先人あって今があるとつくづく感じるようになりました。
    会報から抜粋したその貴重な石井大先輩の投稿記事です。

    我が青春

    先日、新検見川駅から幕張駅まで歴史散歩をしました。
    花園中学校前の母校記念碑を見て、貴重な先輩の体験談を共有出来ればと思います。


  • 歴博リニューアルオープン

    皆さんも一度は訪れたことがあると思いますが、佐倉城址に建つ国立歴史民族博物館が開館以来36年ぶりにリニューアルしました。

    国立歴史民族博物館

    全館見学するには一日掛かると思いますのでお弁当持参で行くのが良いのかなと思います。
    博物館前の芝生でのんびりするのも良いでしょう。
    これからは花見、桜が終わると、姥が池側の菖蒲園で菖蒲が咲きます。

    佐倉城址公園のさくら

    佐倉城址公園の菖蒲

    佐倉城址公園を抜けると別館の「くらしの植物苑」もありますので、寄ってみるの良いでしょう。


  • 千葉市歴史散歩第6弾ビデオ2

    民間航空発祥の地から一期埋立で造られた地を検見川へと向かいました。
    検見川校舎へ通われた方の中には京成検見川駅を利用された方もいるのかなと思いながら駅前を抜け、検見川神社へ、当時は八坂神社と言う名称でした。
    また、検見川校舎時代にはJR新検見川駅はまだありませんでした。


  • 千葉市歴史散歩第6弾

    3月13日(水)、稲毛駅東口から新検見川駅まで巡りました。
    稲毛駅は総武鉄道が明治27年(1894)、市川-佐倉間を敷設した時点にはありませんでした。5年後に地元住民の土地寄付により西口(海側)が新設されました。
    東口(山側)は昭和に入り、昭和35年、地元の東口開設促進委員会が資金を集め、国鉄に請願し開設されました。

    西口からのスタートです。

    稲毛浅間神社の近くです。
    このお店の歴史は半世紀を超えていると思います。

    浅間神社に入りますが、隣の稲毛公園を巡ります。往時の松林風景が残る公園です。

    公園を抜けると市民ギャラリーに出ます。隣の旧神谷伝兵衛別荘は修復中で立入禁止でした。工事は2020年1月までです。

    稲毛浅間神社です。

    国道14号線を渡り稻岸公園へ入り、隣の千葉トヨペットです。現在の県警本部のところにあった旧千葉市役所を移築しています。
    同窓会会長がこの近くに住んでいます。

    稻岸公園は一次埋立で出来た公園で、民間航空発祥の地碑があります。
    大正5年(1916)1月、この地が砂浜だった頃、伊藤音次郎が日本で初めて飛びました。

    高洲スポーツセンターです。引退した「海洋調査船こじま」が海の上に置かれ公民館として利用されていました。
    この船は昭和20年(1945)「志賀」と言う海防艦が完成し、その後海上保安庁所属となり退役しました。

    再び国道14号線に出ます。千葉西警察署交差点です。正面は東関道です。

    旧道から台地に上がります。

    小さな神社などを巡り、京成検見川駅近くの廣徳院に寄ります。見事な大銀杏がありました。

    京成検見川駅です。検見川校舎に通われた方で利用された方もおられると思います。駅舎は昔と変わっていないです。

    検見川神社です。近年、初詣では大変な賑わいです。

    JR新検見川駅です。開業は昭和26年なので、検見川校舎の頃はありませんでした。
    西地区の飲み会はこの駅周辺です。稲毛駅に比べ、のどかな駅です。


  • あれから8年

    東日本大震災から8年が過ぎました。
    当日はたまたま仕事をお休みして自宅にいました。
    液晶テレビがグラグラ揺れ、あちらこちらの棚の物は落下、息子の部屋の液晶テレビが倒れ、画面が駄目になりました。
    その後は家族や会社へ連絡しようとしても固定電話も携帯も全く役立たずで、何がITだ、役立たずものがと怒っても始まりませんでした。
    テレビを付けると、三陸では津波が来る津波が来ると流れていました、時間が過ぎるとその津波の映像が流れました。
    右往左往する車を見ながら、「おい、速く内陸部へ逃げろ、逃げろ」と叫んでいました。
    テレビから目が離せなくなり、車や家が流され、各地で火の手が上がる地獄の様な映像をただただ見詰めることしか出来ませんでした。

    震災後、二度ほど三陸を訪れました。あの被害状況を自分の目で確かめたく訪れました。
    ボランティアとかそんな立派なことは出来ません。現地の人から「来てくれるだけで、嬉しい」の一言を貰って安堵するだけでした。

    訪れ感じたのは、海岸には巨大な防波堤が延々と並び、国の姿勢は自然に立ち向かうぞと言う様な大型土木工事がメインの様でした。
    自然に立ち向かっても駄目だろう、予測もしない以前の津波の倍の高さが来たのに、次に万が一あったら予測出来るのかと思う次第で、素早く逃げることをメインにしろと思いながら海が全く見えなくなった巨大防波堤を眺めて思う次第でした。

    2万人近い死者や未だ発見されない行方不明者がいます。母校の全卒業生の数ほどの方です。

    爆発原発の処理も遅々として進みません。数十年いや数百年かかるのかも知れません。人類が制御出来ないものの怖さです。

    千葉県でも大きな被害がありました。8年と言うと長いですが、歳をとると昨日の様に思い起こされます。
    亡くなれた方、行方不明者の方々のご冥福をお祈り申し上げます。